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◆◆◆INFORMATION◆◆◆
Dance Asia Kick Off Program
Encounter:
ジェコ・シオンポと
ディック・ウォン


上演・トーク
9月19日〜21日

WS
9月16日〜17日

東京・森下スタジオ

終了しました

 

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Dance Asia 立ち上げの経緯(3)

◆アジアダンス勉強会の実施
「ライブ・アーツ・バンコク」の期間中には、
アジアダンス会議の参加者であった振付家/ダンサーが多く参加していた、
「踊りに行くぜ!」がバンコクで実施されていましたが、
日程が重なっていたため、
それぞれが、同じバンコクにいながら、残念なことに互いに公演を見られませんでした。
「ライブ・アーツ・バンコク」の方にも、アジアダンス会議の参加者である、
ジェコ・シオンポとピチェ・クランチェンが参加していました。

そこで、帰国後、せっかくなので、バンコクでの公演の様子を
参加者と情報を共有しよう、話をしようという発想から、
「ライブ・アーツ・バンコク」の報告会をやろうという案が出てきました。

また、それと平行して、後藤が6月に訪れた
韓国・ソウルのダンスフェスティバル、MODAFEで知り合った
崔柄珠(チェ・ビョンジュ)さんに韓国の舞踊史をレクチャーしてもらおう、
という企画を考えていました。
というのは、韓国の振付家の作品は日本でも多く見られますが、
そのコンテクストを知る手段がなかなかなく、
その振付家がどのような位置にいる人なのか判断がつきにくいと
常々思っていたからです。

そこで、「ライブ・アーツ・バンコク」の参加者である
山下残さんを関西からお呼びして、
以下の要領で、「アジアダンス勉強会」を実施しました。

***********************************
アジアダンス勉強会 vol.1 〜セゾン文化財団 アジア芸術交流・舞踊家派遣事業
関連企画〜
「韓国の舞踊史とタイのフェスティバル、ライブ・アーツ・バンコクの報告」

アジアダンス勉強会は、第3回アジアダンス会議の参加者を中心に集まったアジアの
ダンスについての自主勉強会です。このたび、8月に行われたライブ・アーツ・バン
コクで見たさまざまな公演の報告と韓国の舞踊史についてのお話を伺う勉強会を開催
することになりました。今回は、会場としてセゾン文化財団が森下スタジオを貸して
くださったので、アジアダンス会議の参加者だけではなく、もう少し広い範囲に声を
かけて、ダンサー/振付家が集まる機会にしたいと思います。また、自由にダンスに
ついて話が出来るよう交流会の時間も設けました。インフォーマルな勉強会ですの
で、お気軽にお越しください。

■内 容
14:00〜15:15 セッション1 韓国の舞踊史 (講師:崔柄珠 チェ・ビョ
ンジュ)
昨今では、日本でも、韓国の振付家の作品を見る機会は少なくありませんが、そのダ
ンスがどういう歴史から出てきたものなのかは知られていません。けれども、どのよ
うな背景からそのダンスが出てきたのかが分からないと、それぞれの作品にアプロー
チする方法を見つけるのは、なかなかむずかしいことです。そこで、今回は留学生と
してお茶ノ水女子大学で博士号を取られた崔さんに韓国のダンスの歴史についてお話
を伺うことにしました。現在の韓国の振付家の作品を理解するためのきっかけにした
いと思います。

15:30〜17:00 セッション2 ライブ・アーツ・バンコクの報告 
この8月にタイ・バンコクで開催されたパフォーミングアーツのフェスティバル「ラ
イブ・アーツ・バンコク」に日本から山下残さんが参加し、タイのダンサーを起用し
た作品を発表しました。
国際共同制作という形式は、今ではさほど珍しいものではないですが、短い稽古期間
という厳しい条件の中、はじめて会ったダンサーとどのように意思疎通をして作品を
作っていったのか、上手く行ったこと、行かなかったことなどのプロセスのお話や、
参加アーティスト同士でどんな話をされたのかを伺いたいと思います。
また、このフェスティバルでは、9カ国のアーティストの10作品の上演がありまし
た。日本から公演を見に行った勉強会メンバーが、どのようにアジアのコンテンポラ
リーな表現を受け取ったのかを報告します。

17:00〜18:00 第3部 交流会

■日 時:10月27日(土)14:00〜17:00(17:00より交流パーティー)
■会 場:森下スタジオ Cスタジオ

**************************************

このように、ひとつの出来事から急速に広がっていった
アジアのダンス関係者との交流を継続していくために、
日本側で恒常的な窓口となり、ファンドレイズをし、
事業をともに実施していく団体が必要であるという結論に至ったわけです。

また、武藤と後藤は今年4月以降、
せっかく出来た人脈を維持するために、どのような形の団体が必要か、
可能であるか、可能性を探ってきました。
5月には、振付家数人との意見交換会も実施しました。
さらに、8月から横堀が加わる形で、秋に任意団体を
設立をすることを目指して準備を進め、
2007年10月のアジアダンス勉強会を機に、
正式に任意団体として活動を始めることになりました。
この後、2006年度は、Dance Asiaは活動をはじめ、
企画協力という形で2つの事業にかかわりました。
(「2006年度事業実績」につづく)


Dance Asia 立ち上げの経緯(2)

◆「ライブ・アーツ・バンコク」の視察
2007年8月に「アジアダンス会議」の参加者だったダンス・キュレーターの
タン・フクワンがバンコクで「ライブ・アーツ・バンコク」というフェスティバルの
キュレーションを担当しました。

そのプログラムの中には、アジアダンス会議で
関西の古後奈緒子さんの発表で紹介された振付家、
山下残さんがフクワンの目に留まり、
フェスティバルに招聘され、タイのダンサーと共同で制作した作品がありました。
また同年11月には横浜で日本公演も実現しました。

このタン・フクワンのキュレーションによるフェスティバルを、
日本から会議の参加者である古後奈緒子さんと武藤、後藤が視察に訪れ、
また、大阪からDance Boxの横堀ふみが
山下残さんの公演のサポートとして参加しました。
そのことで、アジアのコンテンポラリーな表現に取り組むアーティストの作品を
実際に見るという機会を、武藤、横堀、後藤の3人が共有できたと同時に、
アーティストたちとの交流が実現しました。
今回、Encounterで招聘するジェコ・シオンポ、ディック・ウォンも、
その参加者でした。
そこで、単に公演をみただけでなく、公演後に長い時間話をして、
今回の招聘につながったわけです。

また、山下残さんは、そのフェスティバルを視察に来ていてた、
ベルギー・ブリュッセルのクンステンフェスティバルのディレクター、
クリストフに見出され、
2008年5月には、クンステンフェスティバルで公演を行いました。

まさに、バンコクを基点として、西へ、東へ、人脈が広がっていきました。
(後藤によるレポートはここにあります)
(つづく)


Dance Asia 立ち上げの経緯(1)

このDance Asiaは、昨年度11月に任意団体として発足しました。
今年度は、第一歩を踏み出すことになります。
そこに至るまでの経緯を、記しておきたいと思います。

◆すべては、アジアダンス会議からはじまった。

2007年2月に、社団法人国際演劇協会日本センターの主催で、
「第3回ITIアジアダンス会議」が開催されました。
後藤は、そのプロジェクト・コーディネーターとして、
中身つくりと運営統括を担当していましたが、
一緒に企画を立てるためのファシリテーターとして、
以下の条件の方を考えていました。

1)今まで、あまりアジアということで名前が出なかった人。
2)アジアのダンスの地域的な研究というより、そのあり方を鏡として、
日本のダンスを省みる機会としてとらえることができること。

そこで、武藤大祐さんに白羽の矢を立て、お願いしたところ、
快諾を得て・・・・と書きたいのですが、
実のところは、なんとなくブレインストーミングを重ねているうち、
ずるずるとひきこんでしまった(制作側としては、引き込むのに成功した!)
というのが本当のところかと思います。
当初は、武藤さんは「アジア地域の専門家でない自分に、どうしてこの話が来たのか」
といぶかしく思っていたようですが、
話を重ねるうち、もしかしたら、なにか、自分の興味と接点を作れるかもしれないと
思ってくれたのかもしれません

そうして、実現したのが、
「流れる 切る つながる 重なる」をテーマとした、
アジアと日本のダンスのつくり手と批評家/研究者/プレゼンターなどが、
ことばを介して、ダンスについて考える場を共有する、
アジアダンス会議でした。

この会議のレポートについては、今ではDance Asiaの仲間となった武藤が、
以下の媒体にレポートを掲載していますので、
ぜひ、読んでみてください。

Cut In
「私たちの思考の前提すらも揺り動かす「他者」との濃密な対話」
上記ページの、上のメニューからCut Inを選び、
2007年4月号 No.59をクリックしてください。

wonderland
第3回アジアダンス会議から(上)「小さな」個人の身体から「大きな」ポテンシャルを探る
第3回アジアダンス会議から(下)身体を持ちつつ身体を語る困難

◆大阪 ダンスボックスとの協働
同じ時期、大阪NPO法人DANCE BOXでは、「OSAKA-Asia Contemporary Dance Festival2007」を実施する予定になっていました。
2006年度のトヨタ・コレオグラフィー・アワードの選考委員を
DANCE BOXのプロデューサー、大谷 燠氏とご一緒させていただいた後藤が、
アジアダンス会議の話をしたことで、
お互いの興味に共通点があることを発見して、
以後情報交換をしていくお約束をしました。

実際、東京と大阪では、観客の動員についても
競合することはなく、
双方が参加者を選ぶ時期になって、同じ名前が上がってきたため、
むしろ、それは「同じ方向性を持っているパートナー」として、
共同で招聘をすることになりました。
インドネシアのジェコ・シオンポと、タイのピチェ・クランチェンは、
東京での会議の後、大阪に向かい、
フェスティバルに参加したわけです。

この2つのイベントを発端にして、
次の2007年度には、いくつもの出来事が起こりました。
(つづく)



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