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◆◆◆INFORMATION◆◆◆
Dance Asia Kick Off Program
Encounter:
ジェコ・シオンポと
ディック・ウォン


上演・トーク
9月19日〜21日

WS
9月16日〜17日

東京・森下スタジオ

終了しました

 

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特別寄稿:TOGETHER HIGHER DANCE COMPANY 来日プレゼンテーション

山下陽子(舞台制作/コーディネイト)

(Dance Asia ニュースレター vol.011より転載)

 「ベトナムからユニークなダンスアーティストがやってくる」。
 日頃からつきあいのある江古田ストアハウス(東京)から、こんな情報が届きました。11月24日に紹介プレゼンテーションをおこなう由、当日、足を運びました。江古田駅前の古い雑居ビルの、細い階段を登った4階がストアハウス稽古場であり、今回の会場です。
 ハノイから来たLe Vu Long氏とLuu Thi Thu Lanさんご夫婦(以下、ロン氏&ランさんと呼ぶ)は共に30代半ば。ベトナム国立オペラ・バレエ劇場に所属する振付家でありダンサーです。
 この夜のプレゼンは、お二人が主宰する「Together Higher Dance Company」のドキュメンタリービデオを見るところから始まりました。
 …ハノイの街の喧騒。バイクで溢れかえる繁華街を抜け、カメラは一軒の刺繍工房へ入ってゆきます。熟練職人の一人が、Together Higherのメンバーなのです。次にカメラが向かうのは美容院。カラーリングの腕に定評がある彼女もまた、Together Higherのメンバーです。…

 ベトナム初のコンテンポラリーダンスグループ Together Higher Dance Company は、ロン氏とランさんにより2002年創立。12名のメンバー全員が聾者であり、以前よりダンス経験を持つ者は皆無です。
 グループ誕生のきっかけは、国立オペラ・バレエ劇場で定期的に創作をしているロン氏が、聾のダンサーによる作品「Together Higher」を上演したことにあります。当初は一回だけの企画のつもりが、出演者たちの熱意に促され、作品名をそのまま団体名としたカンパニーが生まれました。
 以後、年一作のペースで新作を国立オペラ・バレエ劇場にて発表。フォード財団、ブリテッシュ・カウンシル、各国大使館等からプロジェクトベースでの援助を得、ベトナムのみならずアメリカ、イタリア、タイ等海外公演も頻繁に実施しています。    

 ロン氏とランさんはボディランゲージと手話を交えてダンサーたちと創造作業をおこないますが、そのスタンスは「指導する」「振り付ける」という一方的なものではありません。「ダンサーたち自身が、からだの中から表現を探り出してゆく。僕らはその手助けをするにすぎない」とロン氏は語ります。
 とはいえ(ビデオで断片を見た限りではありますが)Together Higher の舞台は美しく洗練された、優れて完成度の高いものなのです。それはロン氏の構成力に負う部分は大きいでしょう。舞台美術、照明、音楽(もちろん出演者には聞こえません)、衣装等の要素が、十分に経験豊かとは言えないダンサーたちの動きを際立たせます。

 さらにこのグループの大きな特徴として、社会的アプローチの強さが挙げられます。大学・高校はもちろん、障がい児童施設や孤児院、刑務所、薬物中毒患者やHIV患者のリハビリ施設での公演やワークショップも彼らの重要なミッションです。
 聾者であることで社会から阻害されがちであったメンバーたちは、Together Higher への参加によって<生>にポジティブに向かい合う力を得ました。そして、今度はより多くの人々へ、その経験を伝えてゆこうとしているのです。

 彼らの活動を知るほどに、驚きが広がります。
 ベトナム初のコンテンポラリーダンスグループ。芸術性と社会性の両面を成り立たせ、経済的にも比較的恵まれ、国内外で積極的に活動。あらゆる点においてユニークでスペシャルな、幸運な開拓者たち。
 こうなるともう、彼らが聾者であるという事実も、些細なことのように感じられてくるのです。
 それはおそらく、Together Higher という集団の持つ強度が、「障がい者のダンスグループ」というカテゴライズを遥かに凌いでいるためでしょう。
 そう、Together Higher は、既存のどんな芸術団体とも似ていない、唯一無二の存在なのです。

 ロン氏とランさんの目下の目標は、自前のアートセンターを建てること。今回の来日は、そのためのアートセンターやオルタナティブスペースの視察が目的です。
 ハノイには民間の劇場・オルタナティブスペースはまだ存在せず、アーティストたちの発表の場は非常に限られています。劇場、稽古場、ギャラリー、教育施設が一体となったアートセンター「DANCELAND」。すでにハノイ郊外に土地を得、彼らの夢は着々と実現しつつあります。
 近い将来、こじんまりとした居心地の良い、芸術家による芸術家のためのスペースがハノイに誕生することでしょう。

(「Dance Asia ニュースレター」は月二回、1日と15日にメールで発行しています。購読ご希望の方は danceasia@gmail.com まで、件名を「ニュースレター配信希望」とした上で、お名前、ご職業・ご所属、メールアドレスを明記の上、お申し込みください。なお個人情報は、このニュースレターを送付する以外の目的には使用いたしません)


秋の中国コンテンポラリーダンス事情(後藤美紀子)

(Dance Asia ニュースレター vol.010より転載)

 数年前まで、中国のコンテンポラリーダンスと言えば、広州の舞踊団があるのみで、それもヨーロッパのコンテンポラリーダンスを見慣れた目には、グラハム・テクニックをベースにしたモダンダンスと思えるものしかありませんでした。そのほかに、舞台の上で見る舞踊としては、それぞれの古典舞踊を現代的な演出をしたものばかりで、私が2004年に上海の芸術見本市に行ったときには、海外で上演できそうなものはなかったのが実情でした。それが、中国で最初のインデペンデントのダンスカンパニーといわれる北京の「生活舞踏工作室(Living Dance Studio)」(http://www.ccdworkstation.com/)が、自分たちのスタジオを建てて、そこで継続的にワークショップを実施していくことで、作品を創る若手のダンサー/振付家が育ちつつあります。その発表の場として、彼らの主催で5月にはメイ・フェスティバル(May Festival)、9〜10月にはクロッシング・フェスティバル(Crossingn Festival)が実施されています。このフェスティバルの主催者は生活舞踏工作室ですが、それを周囲から助ける形で、今、ベルギーやオランダなどから資金が提供され、「ヤング・コレオグラファー・プロジェクト」という人材育成プログラムが実施されています。これは、春にオーディションで約8名のダンサーたちを選び、海外の振付家のワークショップや生活舞踏工作室の主宰者でもある振付家、ウェン・フイのワークショップなどに参加し、秋のクロッシング・フェスティバルと上海のフリンジ・フェスティバルで作品を発表させるというものです。今までと大きく違うのは、そういった支援が現地で活動をしている海外のNPOを通じて実施されている点です。つまり、政府対政府の関係ではなく、民間ベースの交流が始まっているということです。

 生活舞踏工作室のスタジオは、現代美術で有名な798ファクトリー(大山子芸術特区)の近くにあり、ウェン・フイの共同主宰者であるウェイ・ワングワンは山形ドキュメンタリーフィルムフェスティバルにも招聘されている映像作家でもあるので、春と秋のフェスティバルは、映像のワークショップやプログラムなども取り入れられています。そのため、単にダンスだけのフェスティバルというより、美術や演劇などとも接点を持ちやすい、ジャンルが開かれたフェスティバルであると言えるでしょう。実際、2005年に私が北京を訪れたときには、彼らの公演に日本でも有名な演出家の林兆華が見に来て、主宰の2人と終演後に感想を話し合っていました。インデペンデントのアートシーンの作家が少ないゆえ、ジャンルを越えたつながりが出来やすいのではないかと思いました。

 このような北京の秋に対して、上海では「上海国際芸術祭」(http://www.artsbird.com/)が毎年10月〜11月に実施され、同時に舞台芸術見本市も実施されています。フェスティバルは今年で、10回目を迎えました。ただ、これは非営利ベースのカンパニーの交流の場というより、上海市が主催しているフェスティバルだけあって、中国の演目は政府が公認している古典劇や舞踊、または、上記のようにそれをショーアップした演出で見せるようなもの、例えば、オーチャードホールで招聘しているような『アクロバット 白鳥の湖』のようなものが多く、また中華圏のポップスターのコンサートなどもあり、非常に商業的な性格のフェスティバルです。

 それに対して、2010年の万国博覧会を視野に入れてか、今年、「SHANGHAI e-ARTS FESTIVAL」(http://www.shearts.org/index.php/)というフェスティバルが実施され、主に建築とアート、テクノロジーの融合を謳い、サイトスペシフィックな作品が展示・上演されました。そのプログラムの一部として「Finalcut」というパフォーマンスのプログラムが10月18日から22日の5日間あったのですが、その中には2007年7月に大阪の「アジア・コンテンポラリーダンス・ショウーケース」(http://www.osaka21.or.jp/colabo/summer/2007/asiashow.html)にも出演したnunuも出演していました。このプログラムは、政府機関が音頭を取ってというより、北京方式で市の支援は受けていながら、NPOが運営主体となって実施されたものです。

 2010年のエキスポのパフォーミングアーツのプログラムをどこが担当するかなどのうわさも聞こえてくるようになりました。中国も、少しずつですが、確実に変化をしてきているようです。

 なお、中国のコンテンポラリーダンス事情については、「第3回ITIアジアダンス会議」の参加者であるヘリー・ミナルティが現地調査の結果をまとめてウェブ上で公開しています。(http://tubuhtarikontemporer.multiply.com/ 左のツールバーの一番下)興味のある方は、ぜひお目通しください。

(「Dance Asia ニュースレター」は月二回、1日と15日にメールで発行しています。購読ご希望の方は danceasia@gmail.com まで、件名を「ニュースレター配信希望」とした上で、お名前、ご職業・ご所属、メールアドレスを明記の上、お申し込みください。なお個人情報は、このニュースレターを送付する以外の目的には使用いたしません)


第9回インドネシア・ダンス・フェスティヴァル(IDF)閉幕

ジャカルタで隔年開催されている国際フェスティヴァルが無事閉幕。10月28日(火)〜31日(金)の五日間、公演、WS、インスタレーション、ディスカッション、映画上映など充実した内容でした。

前回までに比べてやや規模が小さくなりはしたものの、見るべきものは少なくありませんでした。インドネシア勢では、初日、若手のレトノ・スリスティヨリニが発表したトリオ作品。彫像のような身体や、巨大なバティックの布をさまざまな仕方で見せるなどしながら、ジャワ特有の暗く神秘的なイメージを強烈に、かつ自由な発想で展開していました。また最終日のハルタティは、五人の女性ダンサーによるポップな作品で、とりたてて伝統的な要素が見当たらず、むしろ日常の身振りや演劇的な所作によって構成されているのが新鮮でした。ほかに、映画監督ガリン・ヌグロホが『オペラ・ジャワ』の一部を舞台用に翻案した大作“Iron Bed” が呼び物となっていました(マルティヌス・ミロト、エコ・スプリヤントが映画そのままの役柄で好演)。

日本からは、武藤キュレーションによる“3 Solo Dances”=神村恵、鈴木ユキオ、手塚夏子が参加。イタリアのカンパニー「MK」とのダブル・ビルで上演されました。とにかく舞台と客席の距離が近い親密な空間が必要だというリクエストを出し、新しくできた Theater Luwes をアリーナ式に使って、床上のアクティングエリアを三方から客席で囲む形にしてもらいました。席数は150の予定だったのですが、開場してみると超満員で、桟敷にもたくさん座ってもらうことになり、何だか日本でダンスを見る時の雰囲気をそのまま空輸してしまったような雰囲気でした。上演も大変な盛り上がりを見せ、三作品を通して「身体の探究」というテーマが明確に浮かび上がったようです。

またジェローム・ベル(フランス)&ピチェ・クランチェン(タイ)の『ピチェと私』は、ジェローム本人にも「今までで最高!」と言わしめるほど熱狂的に迎えられました。異文化を知ることを通じて、自分の文化を知り、その外部に立ってみることで、まったく新しい可能性の地平が開けてくる、そういう刺激を与えてくれる素晴らしいパフォーマンスであり、しかも二人の言葉や身振りのやり取りそのものが絶妙な「ダンス」になっているのです(ジェローム・ベルはよく「ノン・ダンス」などと称されますが、見当外れだと思いました)。文化の多様性に対して敏感なジャカルタの観客だからこそ、笑いや拍手などリアクションが絶えなかったのでしょう。その場に居合わせたこと自体が幸福な経験でした。

近年はインドネシア各地でフェスティヴァルが開かれるようになっており、必ずしもジャカルタに求心力はなくなっているとのことですが、IDFのように国際的なフェスティヴァルは多くないようです。実をいえば、今回は企画の始動が遅れたために実現できなかったことがたくさんありました。タン・フクワン(シンガポール)や武藤を含め、実行委員会メンバーが顔を揃られる機会はなかなかないので、次回のための一回目の会合を開いてしまおうと提案し、会期半ばにして早くも反省会、および今後の進め方について話し合いました。2010年はIDFも第10回。記念の年へ向けて、もう動き出しています。


武藤大祐レクチャー「アジアのコンテンポラリーダンス[第2回]」終了

「アジア・コンテンポラリーダンス・ナウ!」のプレイヴェントとして好評を博したレクチャーの第二弾、「アジアのコンテンポラリーダンス[第2回]――見方・楽しみ方・考え方」が、福岡アジア美術館にて10月6日に開催、多くの参加者を得て盛況のうちに終了しました。

前回は各地の現状とその背景を、主に国別に区切って映像で紹介する内容でしたが、今回は国籍を問題とせず、テーマ毎に事例を紹介しながら、視点や論点を提示しました。当日配布のレジュメから抜き出すと、「“アジア”へのまなざし(「過去」としてのアジア、「未来」としてのアジア、「同時代」としてのアジア)」、「ダンスと文化的アイデンティティ(民族の独立と国民文化の形成/移民/グローバル化)」、「社会的「発言」としてのダンス(誰に向けて、何を語るか)」、「代理=表象(representation)のジレンマをめぐって」といった具合に、これまであまりコンテンポラリーダンスの領域では語られてこなかった、しかしきわめてアクチュアルなテーマを、映像とともに展開しました。やや抽象的な内容ですが、アジア関係のイヴェントが盛んな福岡だけあって多くの方に関心をもって頂けました。

また今回は美術の文脈とダンスの文脈をつなぐ試みとして、福岡アジア美術館学芸員の中尾智路さんにもご出演頂き、後半は対談という形式にしました。作品という「モノ」が中心となる美術と、身体の「行為」が中心となるダンスでは、社会の中での機能の仕方もおのずと違ってきますが、武藤が提示した上記のようなテーマは美術にもダンスにも共通しているのではないかというご指摘がありました。土台が共有できる以上、今後もこうしたジャンルをまたいだ企画を継続し、刺激的な関係を作っていけそうな気がしています。客席からも活発な質問があり、とりわけアジアの文化を語る際に「経済」というファクターを抜きにはできないという話題が盛り上がりました。当日ご参加くださった皆さんに、この場を借りて改めてお礼申し上げます。

レクチャーは終わりましたが、公演はこれからです。ぜひ足をお運びください!

☆★☆ 波に乗れ!ダンス波 「アジア・コンテンポラリーダンス・ナウ!」 ☆★☆
日時/10月30日(木)19:00、31日(金)19:00
会場/ぽんプラザホール
出演/二高[中国]、ムギヨノ・カシド[インドネシア]、モノクロームサーカス[日本]、ラモン・マグサイサイ記念大学アンバハノン劇団 フィリピン・コンテンポラリーダンス・カンパニー[フィリピン]
料金/一般前売¥2500(当日¥3000)、学生前売¥1500(当日¥2000)



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